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青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。

原作:芥川龍之介 「詩集」より

 男の生活はますます困窮するばかりであった。
 仕事のあてもつても、もはや手段をつくしてなくなり、明日の生活さえも暗雲がただよっていた。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 男の作った詩の中に、少しずつこのフレーズを変えながらも、リフレインのように繰り返されている詩があった。
「え?本当ですか?出版してくれるんですか?」
「もちろんだよ。印税も入るし全国展開のお手伝いをさせてもらうよ。ただし、初版の本にかかる初期費用は、君が払って、売れ行き次第であとは私たちが重版していくことになるけどいいかな?」
「も、もちろんです!よろしくお願いします!」
 とある出版社から男に伝えられた話は男にとっては夢のような話だった。
 幼い頃から憧れていた出版の夢が叶い、作家デビューすることができる。男の胸は夢でふくらむばかりであった。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 生活費は底をつくことがわかっていたが、男は恋人へと頼み込み、借金すらもして資金を付け足し、製本への切符を手にした。
詩集のタイトルは『青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。』にした。
 男は自分の詩集に自信を持っていて、奮発して五百部を印刷してもらい、店頭に自分の本が並んでいるのを見たときには、感動して舞い上がりそうだった。
「これからようやく自分の作家人生が始まるんだ」
 恋人にも意気揚々と限りなく開けていくだろう未来を語った。
 しかしその詩集を買って帰るものはほとんどいなかった。店頭で手に取られ、閉じられては元の場所に置かれていく。売れ行きに対して男はどうしてみんな自分の詩集の価値がわからないのだと、怒りをも覚えていた。
「ねえ、まともに働くことも考えて気長にいこうよ」
 恋人のその言葉に、男の苛立ちはついに爆発した。
「お前も俺の作ったものをけなすのか!」
 男の鬱憤は理性を壊して支離滅裂な感情を沸き立たせていた。
「ちがっ…そういうつもりじゃ…」
「うるさい!」
 男は恋人の気持ちも言葉も聞かない間に恋人を力いっぱい突き飛ばした。床に倒れこんだ恋人は後ろ手に体を支えながら男を見上げていたが、すぐさま男の足にすがりつき、「ごめんなさい。あなたの気持ちも知らずに…」と言っていたが、男には恋人の言葉がだんだん聞こえなくなり、すがりつく女の姿に心の鬱屈した衝動は暴れるように噴出してきた。
 男はその怒りのままに女へと襲い掛かり、嫌がり激しく抵抗する恋人の衣服を力いっぱい破きだした。
「やめて!お願い!」
 恋人の悲痛な叫びも男の猛火の前ではゴミのように灰にされてしまうだけだった。男が恋人のストッキングを、音を立てながら破り始めると、恋人は必死に男へと必死に願った。
「お願い!今日は生理なの!だから、ねえ…いやっ!いやあ!」
 はじかれたボタンがはだけ、ブラジャーが出ていて、ビニール袋のように破かれ脱がされたストッキングはパンティーとともに引きずり下ろされた。
 恋人の股間には紙ナプキンがつけられていて、血がにじんでいた。恋人は力なく抵抗を続けているが、体はだんだんとぐったりとしてきて、生理中に犯される嫌悪感と絶望感に抵抗する気力を失ってきていた。
「いや…いやよ…ああ…うう…」
 恋人の涙混じりのか弱い声にも、温情をかける気持ちすら起こらない男の姿は鬼畜そのものだった。男の心は自らを滅ぼす情念の炎に支配されて、男にとって目の前の犯している女は止められない炎を鎮めるための生贄のようなものだった。
 男が激しく突き入れるごとに女の血は飛び散った。水を手の平で打ちつけるような音と血の匂いと女の泣き声が部屋中からぬくもりを殺していった。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 床には暴れたためにすられたような血の広がりと、精液の跡がぽたりぽたりとあった。男が射精した後に、無理やり口に「汚れたから綺麗にしろ」と言われ入れられたため、恋人の口の周りは血まみれだった。
 涙を流す心の感覚すらも奪われて、恋人はぼんやりと床に捨てられたようになって天井を眺めていた。
 人と人との関わり合いの広がりが感動をもらい、与えるチャンスを生むことを伝えたかった恋人の心が冷静になってくると、悔しさのあまり泣き崩れた。
 行為が終わって外に飛び出した男の手には詩集が握られていた。外は眩しく雲ににじんでいくほどの夕焼けが広がっていた。怒りの納まらない男は自分の詩集をびりびりと破り捨てて地面に叩きつけて歩き去った。
 風一つもない穏やかな夕焼けの中で、偶然そこへ通りかかった男が破かれた詩集に気がつき丁寧に拾い上げた。
「なんてことを…本には人の思いがいっぱい詰まっているのに…お前、かわいそうなことされてしまったね。もう大丈夫だよ…」
 通りかかった男は泣いている子供を優しく抱き上げてあやすように、一枚一枚拾えるだけ拾い上げた。
 しかしそのほとんどがあまりにも細かく引きちぎられているので原文がどうなっているのか皆目見当もつかなかった。
「『青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。』か…」
 拾い集めた言葉を男は家に帰って、つぎはぎして作ることにした。

 青空のようなぬくもりの中で
 飛ぶ鳥の旅は夢見心地

 明日の確かな夢は
 青空を飛ぶ鳥のように

「これが作者の気持ちに近いものであればいいのだが…」
 男は机の上に本を立てかけて、ずんと椅子に座り込み、つぎはぎしてできた言葉をしばらく眺めてから、自らの原稿用紙に筆を走らせた。
 その原稿用紙の横には、様々な年代からのファンレターが無数に重ねられて置かれていた。




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